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WHITNEY HOUSTON


「SAK.さんは一番好きなアーティストって、誰ですか?」


この質問に、いつも私は困る。好きなアーティスト、今まで影響を受けたアーティスト、多岐に渡って選べないくらいにいる。
だけど私は大概こう答えるようにしていた


「歌を始めた一番最初のきっかけは、ホイットニー・ヒューストンです。」


好きなアーティストは沢山いたっていいものだし、胸を張って「私はホイットニーが好き!」って言えばいいのに。



中学生の頃出会った "The Bodyguard" のサウンドトラック、あの頃の誰も手の届かない、完璧な歌姫 ホイットニー・ヒューストンにずっと憧れていた。
若き頃の、品のある佇まいや表情が好きだった。
私もそうなりたいと思っていた。


だけど、やがておそらく年齢とともに声帯に負荷がかかりすぎる声になり、
too muchな歌い回しになり、私生活も荒廃していった、そんな彼女を見るのが苦しくなった。
そして、誤解を恐れずにいえば、私はそうならないように・・・そう思いながら、自分自身歌を歌ってきた部分がある。



2010年のちょうど2月。復活を遂げたホイットニー・ヒューストンを、さいたまスーパーアリーナに観に行った。生まれて初めて見る、ずっと憧れたアイドルの姿だった。
現れた瞬間、あの頃と変わらない美しいプロポーションに感激した。そして案外ホイットニーは元気だった。
コンサートで歌声を聴き進めるにつけ、ああ、彼女にはいまこの40代中盤の肉体で、色々な経験をしてきたからこその、この声があって、いいじゃないか。私はそう思った。
自分が歌っているからこそ思うことかもしれないけれど、黄金期の彼女の歌声は、彼女が20代前半の瑞々しい声帯を持っていたからこそ、と個人的には思う。
だから I Will Always Love You があの頃みたいに歌えなくたって(キーを下げたって、ロングトーンが伸びなくったって)、全然いい。
コンサートで歌った Amazing Grace と I Love The Lord は本当に素晴らしかった。
それでいいじゃないか、ホイットニーがまた歌うようになってよかった、そう思った。



私の原点であるホイットニー・ヒューストンのことを考えることなく日々が過ぎていって、久し振りに接した彼女の話題は、訃報だった。
正直に言えばきのう丸一日実感が湧くことがなく。
色んな人がホイットニー死去の話題をしていたけれど、乾いた返事しかできなかった。
彼女のことは大好きで、自分の歌人生のいわば、親のような存在だったけど、
でもあまりにも遠い存在だったから。


だけど昨夜帰宅してひとりの部屋で、中学生の頃はじめて買った "The Bodyguard" サントラのCDを流すと、いろいろな記憶が巡ってきた。
14歳のころ・・・この歌声を聴いて、彼女に憧れを抱いたんだ。
そして、歌手になろうと思ったんだ。
いろんなCDを買うようになって、CDの解説にたびたび登場する「聖歌隊」の文字。
ゴスペルってなんだ? ひょんなことから、16歳のときクワイアの扉を開く。
この頃高校で声楽もやっていて、ホイットニーの歌を学食の裏の暗がりでひとに聞かれることも気に留めずずっと大声で練習してた。
学校帰りにひとりでカラオケBOXに行って(当時はひとカラなんて言葉なかった)、機械に入ってるホイットニーのレパートリーを片っ端から練習したりしてた。
ここが、私の歌人生の原点だ。


思い返すと、
あのときホイットニーの歌声に出会わなかったら、私は歌を歌おうと思わなかったかもしれない。
ゴスペルに興味を持つことも、なかったかもしれない。
歌を歌わなければ、今まで出会った素晴らしい人たちや、思い出の数々、いろいろな世界に、出会わなかったかもしれない。
今頃私は、歌手ではなく、まったく別の職業を選択して、まったく違う人生を歩んでいたかもしれない。


彼女がいなかったら、いまの私は、SAK.は、存在しない。


そう思うと、私の人生において、ホイットニー・ヒューストンの存在がどれだけ大きかったことか。


あるときホイットニーから気持ちが離れてしまったことや、
もっと彼女の歌を沢山沢山聴きたかった、という後悔。
失ってみて、初めて大切だったことに気付く。
そのときでは遅い。


ホイットニー・ヒューストン、あなたのことが大好きでした。
本当に ありがとうございました。



SAK.